久留米絣はなぜ13歳の少女が発明したのか、織元20件弱の産地が2泊3日のインターンで後継者を探すわけ

久留米絣を発明したのは、江戸時代後期、まだ12〜13歳だった一人の少女だった。色褪せた古着に生まれた白い斑点模様を見て、藍染めの糸で模様を織り出す技法を思いついたという。それから220年余り、産地の織元は今、全国の学生・社会人を招く2泊3日のインターンシップで、次の担い手を探している。
3行でわかる
- 久留米絣は1800年ごろ、13歳前後の井上伝が古着の色抜けにヒントを得て考案した。
- 模様にしたい部分を糸で括って防染し、藍甕に約50〜60回浸けて染め上げる「括り」の技法が特徴。1957年に国の重要無形文化財に指定された。
- 代表的な織元の一つ・池田絣工房は約9名の職人体制で、産地は後継者インターンシップで担い手を募っている。
01この工芸は何か(技術の正体)
久留米絣は、模様にしたい部分をあらかじめ糸で括って防染したうえで藍染めし、紺と白の糸を織り合わせて柄を表す木綿の織物である。
久留米絣協同組合によれば、白く残したい部分を糸できつく括ってから藍甕に浸ける「括り(くくり)」という防染技法が基本になる。藍染めの工程は約50〜60回繰り返され、深く冴えた紺色と白のコントラストが生まれる。染め上がった経糸・緯糸を織り合わせることで、輪郭がわずかににじんだような、機械染めにはない独特のやわらかい風合いの柄が浮かび上がる。1957年に国の重要無形文化財に指定されている。
02産地とその歴史
起源は1800年ごろ、12〜13歳だった井上伝が、色褪せた古着に生まれた白い斑点模様にヒントを得て考案したことにさかのぼる。
久留米市によれば、井上伝(1788〜1869年)は久留米藩の城下で米穀商の娘として生まれ、7〜8歳ですでに機織りをしていたという。着古した藍染めの着物の色が一部抜けて斑点模様になっているのを見て、白糸の染めたくない部分を糸で括ってから藍で染め、紺と白のまだらの糸で織るという技法を編み出した。その後、絵や文字を自在に表現する「絵絣」を考案した大塚太蔵、緻密な柄「小絣」を考案した牛島ノシなど、多くの人々の工夫が加わり技術が発展した。1976年には国の伝統的工芸品に指定された。
03技術を、生活の言葉で
かつて福岡県筑後地方に多く存在した久留米絣の織元は、現在20件弱にまで減っているとされる。
池田絣工房 公式サイト[4]
筑後地方の久留米絣の産地には、現在20件弱の織元が残っているという。池田絣工房は大正8年(1919年)創業で、約100年にわたり天然藍染と手織りにこだわり続けている。
補足: かつての織元数についての公式統計は確認できなかったため、現在の件数のみを事実として扱う。
括りから染め、織りまでの工程は多くの手作業を要し、熟練の技術が必要になる。着物需要そのものの縮小という染織系工芸に共通する課題に加え、久留米絣は木綿の普段着として発展してきた経緯があるため、洋装が主流になった暮らしの変化の影響も大きく受けてきた。
04後継者問題とテクノロジーとの交差点
産地は、行政・民間団体と連携した後継者インターンシップという形で、産地の外から新しい担い手を呼び込もうとしている。
後継者インターンシップによるマッチング
福岡県によれば、約9名の職人を抱える池田絣工房などで、全国のものづくり系学校の学生・社会人(定員6名程度)を対象にした1泊2日の後継者インターンシップが実施されている。就業体験、工房での個別面談、先輩移住者との座談会などを通じて、産地に関心を持つ人と工房とのマッチングを図る取り組みだ。
教育・普及活動による裾野の拡大
久留米絣協同組合は、工房見学や体験プログラムなどの教育・普及活動を通じて、久留米絣を知る機会そのものを広げようとしている。伝統的な着物・帯にとどまらず、洋服や小物といった現代の暮らしに合う製品開発も進められている。
これらの取り組みはデジタル技術による効率化というより、産地の外の人材をどう呼び込み、住んでもらい、技術を継いでもらうかという、地道な人と人との接点づくりに近い。移住・定住の相談窓口と組み合わされている点が、他の産地の後継者対策とは異なる特徴といえる。
05関連する工芸
同じ藍染めの技術を軸にした工芸として、産地の縮小と新しい担い手探しという共通の課題を抱える西陣織と合わせて読むと、染織系工芸の課題の共通点が見えてくる。
06よくある質問
久留米絣は誰が発明したのですか
久留米絣協同組合によれば、1800年ごろ、当時12〜13歳だった井上伝(1788〜1869年)が考案しました。色褪せた古着に生まれた白い斑点模様にヒントを得て、糸を括って藍で染め、模様を織り出す技法を編み出したとされます。
久留米絣の藍染めはどんな技術ですか
久留米絣協同組合によれば、模様にしたい部分をあらかじめ糸で括って防染したうえで藍甕に浸ける「括り」の技法が特徴です。藍染めの工程は約50〜60回繰り返され、白と紺のコントラストが冴える色合いを生み出します。1957年に国の重要無形文化財に指定されました。
久留米絣の後継者はどうやって確保していますか
福岡県によれば、約9名の職人を抱える池田絣工房などで、全国のものづくり系学校の学生・社会人を対象にした1泊2日の後継者インターンシップを実施しています。就業体験や工房の職人との座談会、個別面談を通じて産地とのマッチングを図っています。
出典
- 久留米絣協同組合. 「久留米絣とは」. https://kurumekasuri.jp/about/
- 久留米市. 「久留米絣について」. https://www.city.kurume.fukuoka.jp/1090sangyou/2020shoukougyou/3050tokusan/2017-0223-2013-74.html
- 福岡県. 「久留米かすり池田絣工房で久留米絣後継者インターンを実施します!」. https://www.pref.fukuoka.lg.jp/press-release/kurumekasuri-koukeisyakakuho-ikedakasurikoubou-r7.html
- 久留米かすり 池田絣工房. 公式サイト. https://ikedakasuri.jp/