丸亀うちわはなぜ国内の9割を占めるのか、金毘羅参りの土産から47工程の手仕事へ

香川県丸亀市は、国内のうちわ生産の9割を占める。始まりは江戸時代初期、金刀比羅宮の参拝客に向けた土産物として作られた、朱赤に「丸金」の印を入れた渋うちわだった。今も、全47の製造工程のほとんどが職人の手作業で行われている。
3行でわかる
- 丸亀うちわは国内シェアの9割を占め、1997年に国の伝統的工芸品に指定された。
- 江戸時代初期、金刀比羅宮の参拝土産として朱赤に丸金印の渋うちわが作られたのが始まりとされる。
- 全47の工程のほとんどを職人が手作業で行う。産地は、四国の各地から材料を集める地の利を生かして発展した。
01この工芸は何か(技術の正体)
丸亀うちわは、竹を骨にして紙を貼る香川県丸亀市のうちわで、全47の工程のほとんどが職人の手作業で作られる。
丸亀うちわは、全47もの製造工程のほとんどを職人の手作業で作る。1997年には国の伝統的工芸品に指定された[1]。
丸亀市は国内シェアの9割を占めるうちわの産地である[1][2]。
02産地とその歴史
江戸時代初期に金刀比羅宮の参拝土産として生まれ、のちに藩が武士の内職として奨励したことで産地が広がった。
江戸時代初期、金刀比羅宮の参拝の土産物として、朱赤に丸金印の渋うちわが作られたのが始まりとされる[1]。
その後、藩主の京極氏が武士の内職としてうちわづくりを奨励し、産地が発展したとされる[2]。大正末から昭和初期には、年間700〜800万本が生産されるほどになった[3]。
03技術を、生活の言葉で
丸亀のうちわづくりは、四国の各地から材料を集められる地の利に支えられてきた。
ウェザーニュースの解説(2025年8月)[3]
丸亀うちわの材料は、竹を伊予(愛媛)から、紙を土佐(高知)から、糊を阿波(徳島)から得られたとされ、周辺地域から材料を調達できる環境が産地の発展を支えた。現代では形やデザインが多様になり、布を貼ったものも作られている。
補足: 丸亀うちわは土産物の安価な量産品というだけではない。伝統的なうちわは、全47工程のほとんどを職人の手で作る工芸品である。
04後継者問題とテクノロジーとの交差点
国内シェアの大半を占める一方、産地は形やデザインの多様化と、作る過程を見せる場づくりで、うちわの価値を伝えようとしている。
多様化するうちわ
伝統的な渋うちわに加え、現代では多様な形やデザインのうちわが作られ、布を使ったものも登場している。
作る過程を見せる
「うちわの港ミュージアム」では、さまざまな丸亀うちわや工程のジオラマ、資料を展示し、職人の実演やうちわづくりの体験も行っている。
暑さをしのぐ道具としてのうちわは、扇風機やエアコンに役目を譲った。今の丸亀うちわは、手仕事の道具としての魅力や、作る過程の面白さを伝えることで価値を保とうとしている。
05関連する工芸
同じく参拝や観光の土産物から発展した工芸として、信楽焼の狸と比べると、土産物と産地の関係が見えてくる。
06よくある質問
丸亀うちわのシェアはどれくらいですか
国内のうちわ生産の9割を丸亀市が占めるとされています。
丸亀うちわの始まりは何ですか
江戸時代初期、金刀比羅宮の参拝土産として、朱赤に丸金印の渋うちわが作られたのが始まりとされています。
丸亀うちわは何工程で作られますか
全47の製造工程があり、そのほとんどが職人の手作業で行われます。
出典
- 観光庁. 地域観光資源の多言語解説文データベース「丸亀うちわ」. https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/H30-01114.html
- ニッポン旅マガジン. 「うちわの港ミュージアム」. https://tabi-mag.jp/ka0018/
- ウェザーニュース. 「国の伝統的工芸品、『日本三大うちわ』ってどこのうちわか知ってる?」(2025年8月31日). https://weathernews.jp/news/202508/250206/