染織

知花花織はなぜ「自由奔放なデザイン」なのか、貢納布ではなく祭りの晴れ着として織られた花織

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Indigo dyed fabric is raised from the dye vat.
Photo: Markmcnbowe97 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
AIによる調査公開資料をAIが調べて整理しました(特定の工房・商品の宣伝ではありません。出典は末尾)。

沖縄の織物の多くは、王府に納める貢納布として、厳しい監督の下で織られてきた。しかし沖縄市の知花花織は違う。村の女性たちが祭りで着る晴れ着として、自分たちのために織られてきた。だからこそ、そのデザインは自由奔放だとされる。一度は途絶えかけたこの花織は、2000年の復元作業所の設置から、2012年に国の伝統的工芸品になった。

3行でわかる

  1. 知花花織は、旧美里村の知花などの集落で、祭りの晴れ着として織られてきた紋織物で、貢納布ではなく自家用だったため自由なデザインが特徴とされる。
  2. 多くの花織が横方向に紋糸を浮かせる緯浮花織であるのに対し、知花花織は縦方向に浮かせる経浮花織である。
  3. 2000年に復元作業所が設置され、2010年に県、2012年に国の伝統的工芸品に指定された。2019年度の生産額は2千万円程度で、従事者は58人。

01この工芸は何か(技術の正体)

知花花織は、藍染めの紺地に赤や白の紋糸で模様を立体的に浮き出させる紋織物で、縦方向に紋糸を浮かせる「経浮花織」である。

素材は主に木綿で、芭蕉や絹、羊毛なども使われる。藍染めの紺地に赤や白などの紋糸で織り出す模様が、立体的に浮き出る[1]。

多くの花織は緯(よこ)方向に紋糸を浮かせる緯浮花織だが、知花花織は経(たて)方向に紋糸が浮いて模様を出す経浮花織である[1]。

02産地とその歴史

旧美里村の集落で、豊作を願う祭りや馬乗り競争の晴れ着として織られてきた。19世紀後半には技法が確立していたと考えられる。

知花花織は、旧美里村(1974年にコザ市と合併し現在の沖縄市)の知花、登川、池原などの集落で盛んに織られた紋織物の一種である。旧暦8月15日の五穀豊穣を願う祭りで女性たちが着る衣装として、また旧暦8月14日の馬乗り競争の晴れ着として作られた[1]。

正確な起源は不明だが、19世紀後半には技術・技法が確立し定着していたと考えられている。沖縄の他の織物と違い、貢納布ではなく自家用として織られていたため、自由奔放なデザインが見られることが特徴とされる[1]。

03技術を、生活の言葉で

2000年に復元作業所が設けられてから、研究・復興・後継者育成が進み、人材育成は着実に進んでいる。

沖縄県「令和4年度 工芸産業振興施策の概要」[1]

2000年に沖縄市に知花花織復元作業所が設置され、研究、復興、後継者育成が進められてきた。2008年に知花花織事業協同組合が設立され、2010年3月12日付で県の伝統工芸製品に、2012年7月25日付で国の伝統的工芸品に指定された。2019年度の生産額は2千万円程度で、従事者数は58人と人材育成が着実に進んでいる。

補足: 知花花織は古くから産業として織られてきたわけではない。自家用の織物を、近年になって研究と復元で産業として立ち上げた例である。

04後継者問題とテクノロジーとの交差点

組合結成から間もない新しい産地として、認知度の向上と経営基盤の強化、琉球藍の確保が課題になっている。

1

認知度と販路

沖縄県によると、沖縄市を中心に地元の工芸品として認知・活用の拡大を図っているが、県内外での認知度は他の織物に比べまだ低い。展示販売会などを積極的に活用した宣伝と販路開拓、新製品開発による用途やデザインの展開が必要とされる。

2

琉球藍の確保

原材料では、琉球藍の供給量の不足や品質のばらつきがあり、その対策も必要とされている。第8次振興計画も、琉球藍の栽培から製造までの人材が減少していると指摘している。

研究によって復元された技術を、産業として根づかせる。知花花織は、途絶えかけた工芸を現代に立ち上げ直す過程の、比較的新しい事例である。

05関連する工芸

同じ沖縄の花織として、読谷山花織と比べると、花織の技法と歴史の違いが見えてくる。

06よくある質問

知花花織の特徴は何ですか

縦方向に紋糸を浮かせる経浮花織であることと、貢納布ではなく自家用として織られたため自由なデザインを持つことが特徴です。

知花花織はいつ伝統的工芸品に指定されましたか

2010年3月に沖縄県の伝統工芸製品に、2012年7月に国の伝統的工芸品に指定されました。

知花花織はどんな場面で着られていたのですか

旧暦8月15日の五穀豊穣を願う祭りの衣装や、旧暦8月14日の馬乗り競争の晴れ着として作られていました。

出典

  1. 沖縄県 商工労働部ものづくり振興課. 「令和4年度 工芸産業振興施策の概要」. https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/011/630/r4_zentaiban.pdf
  2. 沖縄県. 「第10次沖縄県伝統工芸産業振興計画(素案)」. https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/040/770/soann.pdf
  3. 沖縄県. 「第8次沖縄県伝統工芸産業振興計画」(2017年3月). https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/011/629/daihatijishinkei.pdf