輪島塗はなぜ124の工程を要するのか、生産額20億円まで減った産地はICタグで何を守ろうとしているか

一つの椀を完成させるまでに、最大124の工程と6〜7人の職人が関わる漆器がある。輪島塗だ。その生産額は、ピークだった1991年の180億円から、2023年には20億円まで減った。8分の1以下である。産地はいま、ICタグという意外な技術で、この構造そのものを立て直そうとしている。
3行でわかる
- 輪島塗は「布着せ」と「地の粉」下地により、塗りだけで24工程、完成まで最大124工程を要する分業制の漆器。
- 生産額は1991年の180億円から2023年に20億円、従業者数は1990年の2,893人から2023年に965人まで減少した。
- 2024年の能登半島地震で8割超の事業者が被災。産地は、ICタグで工程を追跡できるようにする「見える化」など、新しい仕組みで再建を目指している。
01この工芸は何か(技術の正体)
輪島塗は、木地に布を貼る「布着せ」と、輪島特産の珪藻土を使う「地の粉」下地を何度も塗り重ねる、堅牢さを特徴とする漆器である。
石川県輪島市で作られる漆器で、木地に生漆を塗った後、麻布などで「布着せ」をし、そこに生漆・米のり・「輪島地の粉(じのこ)」と呼ばれる焼成珪藻土を混ぜた下地を、研ぎながら何度も塗り重ねる。この工程が、他の漆器にはない堅牢さを生む。仕上げには「沈金」「蒔絵」といった加飾技法や、艶を出す「呂色(ろいろ)」の技法が使われ、その優美さと丈夫さから「堅牢優美」と評される。1975年に国の伝統的工芸品に、1977年には重要無形文化財に指定されている。
02産地とその歴史
輪島塗の起源には諸説あるが、室町時代の応永年間(1400年頃)に紀州根来寺の僧が輪島で椀や膳に漆を施したのが始まりという説が有力とされる。
江戸時代には、工程を専門ごとに分業する「輪島六職」と呼ばれる体制が完成した。木地、きゅう漆(漆を塗る工程)、加飾という3つの大分類のもとに工程がさらに細分化され、塗りの工程だけで24工程、完成までは最大124工程、6〜7人の職人が関わり、完成までに数ヶ月から一年程度を要する。日本政策投資銀行北陸支店のレポートによれば、輪島塗の生産額は1960年代後半から1980年にかけて著しく増加し、1991年に180億円でピークを迎えた。しかし以降は減少が続き、2023年には20億円まで落ち込んでいる。従業者数も1990年の2,893人をピークに減り続け、2023年には965人になった。事業所数も同期間に大きく減少している。
日本政策投資銀行 北陸支店「令和6年能登半島地震からの復興」レポートvol.2(2024年7月)[1]
輪島塗が産業として持続可能であるために必要な市場規模は、従業者数を現状の約半分にあたる500名確保する前提で試算すると約50億円になる。
補足: 2023年時点の生産額20億円の2倍以上にあたる水準で、レポートはまず10億円規模の高付加価値市場の新たな創出を目標に掲げている。
03技術を、生活の言葉で
輪島塗が高価なのは、分業制のまま工程を省略できない構造にある。一人の職人がすべてを担うのではなく、工程ごとの専門家が引き継ぐことで品質を保っている。
たとえば下地の「地の粉」は、輪島の小峰山周辺で採れる海成珪藻土を使う。この土が持つ微細な穴の構造が、漆を塗り重ねたときの強度を高めるとされる。工程を一人でまとめて担う量産品と違い、輪島塗は木地師、下地師、上塗師、蒔絵師などが分かれて作業をリレーしていく。1つの器が完成するまでに複数の工房・職人の手を経るため、時間もコストもかかる代わりに、丈夫で長く使える器になる。2024年の能登半島地震では、この分業体制を支えてきた工房や職人の自宅の8割を超えが被害を受け、一部の職人は輪島を離れて他地域で作業を続けている。
04後継者問題とテクノロジーとの交差点
産地は、ICタグで工程を追跡できる「トレーサビリティ」の仕組みと、震災の記録をデジタルで残すアーカイブという、2つの技術的な取り組みを進めている。
ICタグによる工程の「見える化」
日本政策投資銀行のレポートは、輪島塗の分業制そのものにICチップを埋め込むなど「令和の最新技術」を活用し、原材料から完成品までを一元管理する会社の設立を提案している。これにより、どの工程を誰が担ったかを消費者が確認できるようになり、「輪島産」であることの裏付け(トレーサビリティ)が、価格への納得感につながるとされる。
石川県によるデジタルアーカイブ
石川県は「能登半島地震アーカイブ」を公開し、被災状況の3Dモデルや写真・映像を継続的に記録している。復旧・復興のセクションには伝統工芸産業の項目が明記されており、産地の被害と再建の過程を後世に残す取り組みの対象になっている。
震災後は、独立行政法人中小企業基盤整備機構や輪島市の支援により、輪島漆芸美術館の敷地などに仮設工房が設置され、職人が作業を再開できる環境づくりが進んでいる。ただし、これらの取り組みは「元の生産額に戻す」ためではなく、震災前から続いていた市場縮小という構造的な課題に向き合うためのものだと、レポートは指摘している。
05よくある質問
輪島塗はなぜ他の漆器より高いのですか
木地に布を貼る「布着せ」と、輪島特産の珪藻土を使う「地の粉」下地を何度も塗り重ねる工程があり、完成まで最大124工程・数ヶ月から一年を要するためです。工程ごとに専門の職人が分業する体制のため、人件費と時間がそのまま価格に反映されます。
輪島塗の産地は今どんな状況ですか
生産額は1991年の180億円から2023年には20億円まで減少し、従業者数も1990年の2,893人から2023年は965人に減っています。2024年の能登半島地震では8割を超える事業者が被害を受け、仮設工房での再建が進められています。
ICタグは輪島塗の何を解決しようとしているのですか
分業制のため「どの工程を誰が担ったか」が消費者から見えにくいという課題があります。ICタグを使って産地・生産者・工程を追跡できるようにする「トレーサビリティ」の仕組みが、日本政策投資銀行のレポートなどで提案されています。
06関連する工芸
同じ石川県の伝統的工芸品として、産地の規模と後継者育成という共通の課題を抱える九谷焼と合わせて読むと理解が深まる。
出典
- 日本政策投資銀行 北陸支店. 「令和6年能登半島地震からの復興」レポートvol.2「地域ブランド」としての輪島塗の確立を (2024年7月). https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/3d400c4fe5c80a98a9ab78248b578652.pdf
- 石川県. 能登半島地震アーカイブ 震災の記憶・復興の記録. https://noto-archive.pref.ishikawa.lg.jp/
- ウィキペディア. 輪島塗. https://ja.wikipedia.org/wiki/輪島塗
- 石川県観光連盟「ほっと石川旅ねっと」. 輪島塗とは・輪島漆器商工業協同組合 松本石根さんインタビュー. https://www.hot-ishikawa.jp/feature/detail_306.html