会津塗はなぜ400年以上続いてきたのか、漆の木の栽培から始まった産地と布やガラスに塗る新しい試み

福島県の会津地方は、400年以上にわたって質の高い木の漆器を作ってきた。その始まりには、2人の領主がいた。漆の木の栽培を奨励した蘆名盛信と、腕のいい木地職人を会津に招いた蒲生氏郷である。そして今、会津の職人は、木だけでなく布や金属、ガラスにも漆を塗り始めている。
3行でわかる
- 会津塗は、福島県会津地方で400年以上作られてきた木の漆器で、1975年に国の伝統的工芸品に指定された。
- 蘆名盛信(1408〜1451年)が漆の木の栽培を奨励し、蒲生氏郷(1556〜1595年)が木地職人を招いたことで産業の基礎ができた。
- 現代の職人は布や金属、ガラスにも漆を塗ってアクセサリーを作り、会津若松では漆塗りの体験も行われている。
01この工芸は何か(技術の正体)
会津塗は、木で作った器や盆に漆を塗り重ね、色漆や金銀の粉で手描きの模様を施す、会津地方の漆器である。
会津塗は主に木の素地で作られ、椀などの丸物と、盆や箱などの板物に大きく分かれる。漆を塗り重ねた後、色漆と金や銀の粉を使って細かな模様を手で描いて仕上げる[1]。
代表的な模様には、松竹梅や、縁起物の破魔矢などがある[1]。1975年に国の伝統的工芸品に指定された[1]。
02産地とその歴史
会津の漆器づくりは、漆の木を育てることと、木地の職人を呼ぶことの両面から始まった。
蘆名盛信(1408〜1451年)は、漆の原料となる漆の木の栽培を奨励した。蒲生氏郷(1556〜1595年)は腕のいい木地職人を会津に招き、漆器の産業をさらに確立した[1]。
その後も歴代の領主の支援を受けて漆器の生産は栄え、職人たちは木工と漆塗りの技を磨いてきた[1]。会津では漆の木の実から採る木蝋で作るろうそくも作られ、2月の「会津絵ろうそくまつり」では数千本が灯される[2]。
03技術を、生活の言葉で
会津塗の魅力を伝えるため、現代の職人は素材を広げ、体験の場を設けている。
観光庁の多言語解説文(会津漆器)[1]
会津塗の魅力を広げるため、現代の職人は布や金属、ガラスにも漆を塗り、さまざまなアクセサリーを作っている。会津若松の各所では、漆器づくりの体験も行われている。
補足: 漆は木にしか塗れないわけではない。会津では、布や金属、ガラスにも漆を塗る試みが行われている。
04後継者問題とテクノロジーとの交差点
産地は、体験を通じて会津塗を知ってもらう機会をつくっている。会津若松では、職人の手ほどきで漆を塗る体験ができる。
職人が教える漆塗り体験
会津若松では、熟練の職人が手順を一つずつ教えながら、参加者が選んだ品に漆を塗って自分だけの模様をつける体験ができる。会津若松観光ビューローが問い合わせ先になっている。
観光と結びついた工房
東北運輸局の2022年の調査は、会津若松観光ビューローが紹介する体験として、会津塗伝承館(鈴善)や漆器工房などを挙げている。
漆を塗る素材を広げることと、作る過程を体験してもらうこと。会津塗は、使い手との接点を増やすことで、400年の技を次の世代につなごうとしている。
05関連する工芸
同じ漆器の産地として、山中漆器や琉球漆器と比べると、素材の工夫の方向性の違いが見えてくる。
06よくある質問
会津塗の始まりはいつですか
会津地方では400年以上にわたって漆器が作られてきました。漆の木の栽培を奨励した蘆名盛信と、木地職人を招いた蒲生氏郷が礎を築いたとされます。
会津塗はいつ伝統的工芸品に指定されましたか
1975年に国の伝統的工芸品に指定されました。
会津塗の体験はできますか
会津若松の各所で、職人に教わりながら漆を塗る体験ができます。
出典
- 観光庁. 地域観光資源の多言語解説文データベース「工芸品(施設なし) / 会津漆器」. https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R4-00503.html
- 観光庁. 地域観光資源の多言語解説文データベース「体験型ワークショップ」. https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R4-00512.html
- 国土交通省 東北運輸局. 「東北地方における伝統文化等の地域資源付加価値向上調査事業 報告書」(2022年3月). https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/content/000268360.pdf